昨年の10月5日(現地時間)にこの世を去ったAppleの元CEOスティーブ・ジョブズ。Appleの創業者であり、常に我々をワクワクさせてくれるような未来を見せ続けてくれた偉大な人物です。当然ながら私も彼の手によって生み出される製品やサービスなどその一挙手一投足に注目し、熱狂した一人でした。彼の逝去には驚きとともに、大変落ち込んだのを覚えています。
ただスティーブ・ジョブズについて何を知っているのかと言われたら、世間で語られているカリスマ的な部分くらいで、「スティーブ・ジョブズ」という人物についてほとんどわかっていなかったというのが正直なところでした。この度、彼の逝去後に発売されたウォルター・アイザックソン著の公式伝記『スティーブ・ジョブズ The Exclusive Biography』を読む機会が得られ、やっと彼の全貌について深く知ることができました。
本は2巻構成で、上下巻合わせて約900ページ。結構なボリュームではありますが、多くの功績を残しているスティーブ・ジョブズの人生を語るのに900ページではまだまだ足りなすぎるだろうなと思います。ただその限られたページ数であっても、要所要所のポイントはしっかりと抑えられており、これでもかというくらい彼の人生がぎっしり詰め込まれていると思いました。本文に補足の写真や挿絵などがほとんどなかったのはそのためでしょうか。
本文については、ただエピソードの説明をひたすら羅列するのではなく、対話形式による文章がふんだんに取り入れられており、まるで物語を読んでいるかのようにスラスラ読むことができました。おそらく相当な時間をかけて多くの人々に細かくヒアリングを行った結果と思われます。ウォルター・アイザックソンの努力に感謝です。
本書の内容について
そんな公式伝記『スティーブ・ジョブズ』を読み進めていく中で、ポイントと思った点を以下にまとめておきたいと思います。(ネタバレを含みますので内容を知りたくない方は読み飛ばしてください。)
パーソナルコンピュータの歴史
スティーブ・ジョブズがアップルの共同創業者の一人でもあるスティーブ・ウォズニアックと共に作り上げた「Apple I」はパーソナルコンピュータ(パソコン)の元祖とも言える機種のひとつです。Apple Iが誕生するまでのエピソードやその時代の背景などには大変興味深いものがありました。
Apple Iの誕生をスタートとし、今日まで走り続けてきたスティーブ・ジョブズ。業界は常に彼の動向に注目し、彼の指し示す方向へ進んできたのは間違いなく事実です。まさに「スティー・ジョブズの歴史 = パソコンの歴史」と言っても過言ではないでしょう。パソコンがどのように誕生し、その後どのように進化して今に至っているのか、彼の人生を追うと同時に理解を深めることができたと思います。1970年代、80年代のパーソナルコンピューター事情を知れるという意味でも貴重な本だと思います。
スティーブ・ジョブズという人物像
本書を読むまでほとんど知ることがなかったスティーブ・ジョブズの人物像。強烈な個性の持ち主であり、絶対主義者。若い頃から絶対菜食主義思想や禅などの東洋思想にも傾倒するようになり、無駄な物を徹底的に省くことに価値を見出すようになります。それらは結果として、後にシンプルな製品やサービスを生み出す彼のモノづくりの精神の軸となっていきます。
そうしたスティーブ・ジョブズの人格は、養子縁組という複雑な生い立ち、シリコンバレーという生まれ育った環境、1960年代のアメリカという時代背景といったものに起因しているものと思われますが、彼のあまりにもぶっとんだ少年期のエピソードを知ると、やはり成るべくして成ったということがよくわかります。凡人ではなかったのは確かですね。
それから40を過ぎて癌を煩うようになるのですが、死に直面してもなおスピードを緩めずに前進し続けた彼の生き方は、最後まで筋を貫き通すというまさにスティーブ・ジョブズらしい生き方だなと思わせてくれるものでした。
モノづくりに対するこだわり
Apple IIのパンフレットの表紙上部に書かれていたレオナルド・ダ・ビンチのものとされる「洗練を突きつめると簡潔になる」という格言。これこそがスティーブ・ジョブズのデザイン哲学を表す最良の言葉となっています。
モノを作る際は、その印象を第一に考え、徹底的にモノが生きるようなデザインとなるように心がけたようです。デザインは「シンプルにする」をテーマとし、細かいところまでとことん突きつめ、見えない部分までも美しくなるよう仕上げることにこだわったようです。デザインについて以下のように述べている箇所がありました。
シンプルにする、つまり、背景にある問題を本当に理解し、エレガントなソリューションを考え出すというのは、とても大変な作業なんだ
ふつうの人にとって『デザイン』というのは、ベニヤ板さ。でも僕にとっては、デザインの意義を超えるものなんて考えられない。デザインというのは人工物の基礎となる塊のようなものなんだ。人工物は、連続的に取り囲む外層という形で自己表現するんだ
それからモノづくりにおいてもうひとつ大事にしたのが「画期的で世界を変えるような製品を作る」ことだったようです。「ユーザー体験に丸ごと責任を持ちたい」と考え、エンドツーエンド(クローズド)な製品にこだわったのもそのためでしょう。
とにかく職人のように並々ならぬこだわりを持っていたスティーブ・ジョブズですが、何よりすごいと思ったのが、自分の信念を徹底的に貫き通すところ、ダメなところはダメだとはっきりと言えるところ、そしてそれが間違っていないところですね。そして自らの直感も大事にしました。こうした彼のモノづくりに対するこだわりによる産物がアップル製品なんでしょう。
経営者(リーダー)としてのスティーブ・ジョブズ
経営にもシンプルさを求めたスティーブ・ジョブズ。例えば「ザ・トップ100」というアップルの会議では、今後すべきことを10個挙げさせながらも「我々にできるのは3つまでだ」ということで、以下7つは切り捨てるという話など大変勉強になりました。また「自分で自分を食わなければ、誰かに食われるだけ」ということで、”共食いを恐れるな”を事業の基本原則としていたり、「完璧ではないと気づいたモノはやり直さなければならない」という絶対に妥協しないという経営方針など、アップルの成功した所以はこういったところにあるんだなと思いました。
またスティーブ・ジョブズはプロの集団を作ることにこだわりを持っていたようです。どのように優秀な人間を集め、どうすればアイデアが沸きやすい環境を作れるか、常に考えていたようです。さらに人を掌握する力にも長けていて、どんなに困難に思えるようなことでも、あたかも容易に実現可能のように思わせてしまう、「歪曲フィールド」と呼ばれる彼の情熱とカリスマ性の伴った行動が随所で発揮されていたことを知り、彼のリーダーとしての凄みというものを改めて実感することとなりました。
徹底的にこだわりぬいた製品を作る事でアップルという巨大な企業を築き上げたスティーブ・ジョブズ。その彼の人生が凝縮されたこの2冊はまさに我々にとって生き方の参考にしたいバイブルとなるのではないでしょうか。同じようなことをすれば、同じように成功を手に入れられるとは限りませんが、本書を通して学べることはたくさんあると思います。特に企業で働く者として「すごい製品を作りたい」という精神は忘れずに常に心に留めておきたいと思いました。
重要な局面において、その場しのぎのいい加減な判断を下して済ませてしまうといったケースをよく見かけますが、これではいいモノは産み出せないと思います。特に日本社会では、義理、人情、遠慮、見栄、世間体といったものが邪魔をします。彼はどんなに親しい社員や役員に対しても容赦なく激しくあたったとあります。これは自分のビジョンに確固たる自信がなければできることではありません。もし成果を上げれなければ、社員たちは離れていくだけです。おそらく相当大きな重圧と日々向き合っていたに違いありません。しかし、これができてこそ真の経営者と言えるのではないでしょうか。
もちろん、この伝記の目的がスティーブ・ジョブズを礼賛するためのものではなく、ありのままの姿を知ってもらうために始まったプロジェクトであるため、失敗談や弱音を吐いた事、すぐカッとなっとなる性格の事など彼にとってあまり好ましくないエピソードも書かれています。ただ、そうしたもの全てを含めてスティーブ・ジョブズなわけであり、やっぱりスティーブ・ジョブズもすべてにおいて完璧な人間ではなかったんだなということもわかり、それはそれで何だかちょっとした勇気をもらえた気がしました。
本書を読み終えたとき、私にとって本当の10月5日が訪れたような気持ちになりました。改めて、ご冥福をお祈り申し上げます。
最後に、上でも述べたように本書は、本文に補足の写真や挿絵がほとんどありません。Wikipediaや以下のようなサイトを参照しながら読み進めていくと、より理解を深めることができると思います。
また、Dan Kogaiさんのブログで紹介されていましたが、”地図に相当”する『スティーブ・ジョブズは何を遺したのか』と併せて読んでもよいかと思います。
それからこの『スティーブ・ジョブズ』の出版社である講談社では、現在「みんなのしおり.jp」というサイトで、本書の感想を募集しています。100万部突破を記念して、読者一人ひとりの感想を集めた3冊目をつくるということらしいです。こちらもついでに紹介しておきます。
一人でも多くの方に本書を読んでいただければと思っています。
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